bikescafe.jp

(2006-7-30)

06夏、Candle

まずは今夜、今夏のCandleNightにお越し頂いたお客様の皆様に感謝をさせて下さい。市内や吉田からのアキラさんミサコさんいつも本当にありがとうございす。市内のK御主人、お友達皆様で来て下さったOさんグループやヅッキーさんTさん方、今年こそと来て頂いた市内のUさんファミリー、そして長岡から来て下さったSさん、偶然いらして下さった仲の良いカップル様、その他のドリンクのお客様IさんオKさんMさんとお友達の皆様、いつも本当にありがとうございます。少々音程が外れてしまいましたが、御堪能頂きましたでしょうか。大きな感謝を申し上げます。
そして今夜も頑張ってくれた優しい声の平井さんとオカリナのNさん、ご苦労様でした。秀チャン、川チャン、二人共本業で多忙の中、沢山時間を割いて協力して頂きありがとう!皆様の御蔭で実際満席で終わらせて貰いました、感謝致します。
今夜CandleNightを行っている間、外には店内にいらっしゃるお客様と同じ数のお客様がバイクスにお越し下さいました。もちろん皆様に諦めて頂いたのですが、申し訳ございませんでした。
6月、余りに私事が込み入っていて、(今夏はCandleNightはやれないな、やらないな…)と感じていましたが、平井さんの熱心なお声掛けで7月終わりに開催する事が出来て、良かった…と感じています。僕がCandleNightを好きなのは、何もCandleNightにかこつけて何かが出来るとか、お客様が集まる、とかの理由ではありません。CandleーNightという行為の本質に、イスラムのラマダン(断食月)の精神に近いものを感じるからです。つまり、住む生きる国や地域文化が違っても、断食の時期を皆が設ける事で、富める者も貧しき者も、健やかなる者も病める者も、大き者も小さき者も、男性も女性も皆平等にひもじい思いをする事でさらに弱い者達の暮らしや立場を感じて思いやりを持つ、情けを深める、という精神に近いものを感じます。それは断食という形では無く、文明の象徴である電気のスイッチを数時間消して、ロウソクの揺らめく明かりを見つめながら、またはキャンドルに照らされた大切な人の顔を見ながら、自己
や他者を省みる時間を世界の意識ある者達で数時間でも設けてみるという形だと思うからです。
ところがバイクスのCandleNightは、いつしかただの(キャンドルの明かりの中で何かするイベントの時間、御予約で御参加下さった方々だけの為のイベントの時間…)になりつつありました。それを今夜の店外の多くの御来客で感じました。その内のお客様は言いました、「私達もあそこで食事がしたかったのに…。」。ごもっともです、キャンドルの明かりに満ちた店内は、想像以上に素敵なのですから。
この冬、バイクスカフェのCandleーNightを本質的なものに戻します。薪ストーブの揺らめく炎とキャンドルの明かり満ちた店内に、来たい方だけが来る。一夜限りのものでは無い。ただ、ロウソク点けて眺めるだけなら御自宅で十分可能ですから、ウチは喫茶店なので何かそれらしい物をご用意しておきましょう、雪国の冬に合う食材と冬に会うミュージックを用意して。それはそれで良い時間になるような気がします。
半年も先の事ながら、皆様には宜しくお願い致します。今夜は長々とありがとうございました、おやすみなさーい…。




(2006-7-29)

土曜日、日本晴れ。

有り難い、スカッと晴れてくれました。日本晴れ…ってどのような意味から来たのでしょうか、ご存知の方いましたら教えて下さい。テラスは爽やかな風吹き快適です。今日もノンビリ行きましょう。




(2006-7-29)

角田浜夕陽慕情。

(うわぁー、こんな時間になってしまった!)、帰宅はつい先ほど。バイクスには魔の金曜日、忙しいランチとお茶タイムは幻だったかのように、夜の御来客はゼロ。こんな夜は明日の為に。今も一生懸命明日の為のBGMのCDを作っている秀チャン宅に車を走らせ、作業を見守りCDを受け取る。深夜に帰宅しMDに焼く(CDーRより動作性が確かです)。川チャンといい秀チャンといい、毎回助けられてもらうCandleNight。さぁ寝なきゃ、おやすみなさい…。